歩度測定精度

ウオッチテスタとして最も重要な測定項目である歩度に関して、WT−2000の精度を考えてみます。

必要な精度
 まず始めに、ウォッチテスタとしてどの程度の精度が要求されるかについて考えてみます。
 実用的には「近年発売されている最高水準の年差時計が充分な精度で測定できること」
 と考えることにします。最高水準の時計は年差2〜3秒程度(10^-7)を保証していると聞いておりますので、
 ここではテスタの精度は年差0.1秒の精度が確保できれば問題ないと言えるでしょう。
 年差0.1秒の誤差とは、0.1/(60*60*24*365)であり、指数表示すると3.17*10^-9=10^-8.5です。
 即ち、10のマイナス8.5乗の精度を確保すれば良いと考えることにします。

次にWT−2000の歩度測定の具体的な誤差要因を分類し、順次解説を加えます。

大分類 番号     分  類   レ ベ ル       備  考
信号源誤差  1 JJY送信所誤差  10^-12以下 国家標準
 2 伝搬誤差      10^-8.3〜-12 北海道の朝夕以外は問題なし
 3 同期誤差 10^-9.5(10秒) SYNC ERRランプ点灯頻度30%以下なら問題なし
 4 温度変化による誤差   問題なし
タイミングパルス取込誤差   5 温度変化による誤差   問題なし
演算誤差    6 CPU割り込み誤差 1μ秒以下/測定 平均0.3μ秒
時計側に起因する誤差(歩度以外)  7 パルスレベル変動   多機能液晶表示では誤差大

1、JJY送信所誤差 10^-12以下
これは国家標準であり、現時点でこれ以上は望めません。
  また目標性能を3.5桁以上上回っていますので議論の対象ではありません。


2、伝搬誤差 10^-8.3〜-11
 JJYの送信所を発した電波がWT−2000のアンテナに達したときの周波数精度です。
電波の伝わり方には第1図のように地表波と電離層反射波の2通りがあります。
送信所の近くでは地表波が優勢で、遠くになるに従い電離層反射波が優勢になります。
そしてJJYのような長波の場合、両者の強度の反転する地点は送信所から600km〜1000km程度と言われています。

 地表波(直接波)
 地表波は昼夜を問わず安定して地表に沿って伝わりますので、周波数が大きく変動することはありません。
具体的な数値を示した資料は持ち合わせませんが、地表波による伝達では
周波数の誤差は10^-10以下のレベルに収まると考えて良いようです。

 電離層反射波
 送信所から遠くなるほど周波数の変動も大きくなる傾向にあります。
原因は主として電波の伝わる経路が日中と夜間で変化することによります。
一例として送信所から1000km地点での位相と電界強度の日周変化のデータを示します。

日中と夜間は安定していますが、日の出と日の入りの時間帯は最大で18μsec/hourの位相変化が生じています。
これは精度に換算すると(18*10^-6)/3600=5*10^-9=10^-8.3となり、目標のレベルを超えることになります。
ただしこのレベルの位相変化は送信所から600km以上離れた場所だけに生じますので、
福島と福岡の2局体制の整った現在では、明け方と夕方の北海道で高精度計測をする場合を除いては心配する必要は無いと言えます。
朝夕以外の時間帯では北海道であっても10^-9.5以下の周波数誤差に収まっていることが分かります。

3、同期誤差
 これは受信した標準電波にWT−2000内部の信号源の周波数を合わせ込むときに生じる誤差です。
標準電波以外のノイズが無い状態では理論上は完全に0になります。
以下にWT-2000をベースに標準電波の伝わり方の観測用に特化した受信機で原子時計を基準に精度を検証したデータを示します。

このデータは送信所から約200km離れた国立天文台水沢観測所で観測したデータです。
理想的な環境では10秒間で10^-9.5の精度が得られることが分かります。
(このデータには電離層による伝搬誤差を含んでいます)
しかし現実にはエアコンや蛍光灯、パソコン等ノイズの発生源は多数ありますので、影響を完全に排除することは出来ません。
対策として測定時間を長くとることでその影響を小さくすることは可能です。
SYNC ERR の赤ランプが頻繁に点滅する環境(点滅頻度30%以上)では1回の測定に付き、
最大で約1μsecの誤差を見込む必要があります。赤ランプが点かない環境では心配はありません。
 参考事例 : これまでに赤ランプが50%程度点灯する環境
         (東京ビッグサイトで行われた展示会で周囲に各社の多数の情報機器と蛍光灯やモータに囲まれ、
          クリスタルフィルターを経た受信回路の検波段でもJJYの信号レベルの30倍のノイズがある状態)
          でも60秒の測定時間で年差1秒以下(10^-7.5)の測定が出来ました。
          但しこのような環境ではJJYから時刻信号を取り出す電波時計の機能は使えません。


4、信号源周波数の温度変化による誤差
 同期性能に与える影響
 受信部にはクリスタルフィルターが使われています。このフィルターは腕時計用の水晶発振子と同じカットのものを使っていますが、使い方が腕時計とは異なるので、温度が1時間に5℃変化したとしてもその影響は10^-10程度です。

5、タイミングパルス取込の温度変化による誤差
 時計からのタイミングパルスはWT−2000内部の信号処理回路で処理されてCPUに送られて
スタートパルスやストップパルスとして使われますが、信号処理回路で使用しているコンデンサや抵抗は
温度特性を持っていますので、スタートパルスの瞬間とストップパルスの瞬間で温度が異なると誤差につながってきます。
この誤差は測定時間が長いときにレベルが大きくなります。
仮にスタートパルスの瞬間とストップパルスの瞬間で1度Cの温度差があったとしても、
(通常はこのような大きな温度差が測定器側に生じることはないが)
その誤差は0.001μsec以下であり、全く問題ないレベルです。

6、CPU割り込み誤差
WT−2000の歩度測定は、スタートボタンを押して最初のタイミングパルス(スタートパルス)を検出してから
内部のタイマーをスタートさせ、設定した測定時間の前後数msecのタイミングパルス(ストップパルス)を
検出するまでの間の時間を計っています。しかしストップパルスを待つ間もプログラムは走っていますので、
厳密にストップパルスが入った瞬間を捉えることは出来ません。CPUは一度に一つのことしか出来ないので、
現在やっている仕事に一段落付かなければストップパルスに対応した処理が出来ないのです。
この、一段落が付くまでの時間がどの程度であるかは確率に支配されますので、誤差になってきます。
この成分の誤差の絶対値は平均で測定1回につき0.3μsec、最大で1.0μsecになります。
この誤差は測定時間に関わらず分布が一定ですので、測定時間を長くとるほど誤差の占める割合は小さくなります。


7、時計側パルスレベル変動による誤差
WT−2000のタイミングパルスの処理は、スタートパルスの一定時間後に来るストップパルスがスタートパルスと
同じレベルであることを期待して計測をしています。多機能の液晶画面ではタイミングパルスである液晶の電界の変化が
単純な周期ではないために、誤差を生じることがあります。
このときは多数回の測定を行い、一番高い頻度で現れる歩度を採用します。

実測データ
 以下のデータはWT−2000に40kHzの疑似JJY信号を与え、この疑似JJY信号に完全に同期した1Hzの
疑似モータパルス信号を測定したときの誤差時間の分布を示しています。この分布はJJYの電波が良好に受信
できている実際の測定での誤差に等しいもので、実質的には6、CPU割り込み誤差を表していると言えます。


このデータから正常な使用状態での誤差の最大は1μ秒であり、90%は0.5μ秒以内であることが読みとれます。
つまり測定時間が10秒であれば1μ秒/10秒=10^-7の精度が、
          100秒であれば1μ秒/100秒=10^-8の精度が
最長の測定時間である999秒であれば1μ秒/999秒=10^-9の精度が保証できることになります。